遊んで生きる。気楽に生きる。

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どうも佐々木です


快調といいたいところですが、まあまあ順調に過ごしています
色々解決したこともあれば、ダメだったこと、どうにもならなかったことも数多くあって、、、
ああこれが人生かあ、なんて感じたりして。



病状的には少し投薬が増えました。恐らく次の診察でまた少し増えるかなあと思います。
そんな感じで社会復帰というか、回復はまだ当分先になりそうですね。


仕事はそれなりにやっています。お願いされることも増えてきて、音楽的には非常に成長できているなあと感じています。そしてなによりやっぱり継続が大事だなあと思いました。



僕たちのようなアーティストはなかなかに生きづらい人生を背負っているといいますか、こういう時代でもあり世間の風当たりというのは相当にきついですな(笑)


でもうつ病になった原因が音楽であってもそこに光をくれたのもまた音楽なので、僕はやっぱり音楽は絶対に捨てられないということを感じています。



今はもしかしたらそういう気持ちだけで音楽を作ったいるのかもしれません。





そういえば最近気づいたことがあります。




僕は寂しいんだということ



こんな簡単なことに気づくまですごく時間がかかりました。
理解してほしかったんだなあと思うようになりまして、、、気付いて、少しずつ人に言えるようになってからは、不安な気持ちが少し和らいでいくのを感じています。



うつ病なんて誰でもなり得る病気なんだなあと認識を改めました。


でも、やはり当事者同士でなければわからないこと、同じ気持ち苦しみというのはなかなか難しいものです。認めあえたり、解りあえたりすることの喜びというか、そういうのは本当に大事なんだと思いました。


ついこないだまで僕はそんなことすら拒絶していたんだなあと、、、反省しています。



最近は人に会うようにしています。
人と話したり会ったりするのはすごく疲れてしましますが、それでもひとりで延々と悩むよりははるかに有効な時間の使い方だと思いました。


もちろん誰にでもおすすめできる方法ではありません。
本質は自分なりのコミュニケーションのしかたを見つけることなのかなあと思っています。



ゆっくりゆっくりでいいので、僕はそれを見つけていこうと思います。



それでは、今回はこの辺で。
また、、、

佐々木です(^^)/

フリーランスになってストレスフリーな生活してます。
戦略を考えたりとか、そういうのは実は好きだったみたいで、こういう生活があってると改めて感じました。自分のことで正直精いっぱいというか、僕は人間関係の維持とかがとても苦手なんだなと、、、そういう意味でこの生活はとてもいいです。


さて、よく大人の人に相談するといわれる言葉がありますね。

みんなつらい

これね、嘘です。


極端な話みんな本気でつらいなら一億総うつ病時代とか来てます。そうならないってことはどっかで本気で考えないようにしてるんです。そして、それは人間の防衛本能として当たり前のことなので、別に良い悪いの話ではありません。



よくよく考えてみると自分を守るって普通のことなんですよね。正直者は馬鹿を見るといいますが、正直者はうつになりやすいのかもしれません。僕は何でもかんでも真に受けてしまうので、正直どこからどこまでが本気とか空気で察するとか苦手です。単純に僕自身がアホなだけかもしれないんですけど、みんなそんなに物事を本気で考えてたら疲れるよなあと。まあ最近はそういう風に考えるようにしてます。


つらさは人によって違います。僕は人間関係の構築が苦手なので正直今の生き方や生活が都合がいいと思いますが、人によってはこれほどつらい事はないかもしれません。なので僕は僕の生き方を真似しろなんて安易には言えないんですが、それでもつらいと思ったら逃げてください。逃げることでしか身を守れないことだってあると思います。目先の生活費よりも命を優先してください。逃げるが勝ちという言葉もあります。死んでしまったらすべてが無意味になります。



僕のつらさは僕にしか解らないように、あなたのつらさもあなた自身が一番解っているはずです。周りの目とか空気とか読んでる場合ではないです。「みんなつらい」なんて言葉に騙されずに逃げてください。だいたい「みんなつらい」なんていう人はなんでつらいのにそこにいるんですか。おかしいじゃないですか。ほんとにつらかったら辞めるって。


多分そういう場所では悩み相談なんて無意味なので、とっとと逃げましょう。僕も正直逃げるように辞めたので、、、というか逃げたんですね。僕の闘う場所はあそこではないと思ったし、死ぬのは、、、やっぱり嫌ですね。


このブログを読んでいる方の中にも僕のように朝起きた瞬間に死ぬ方法を考えちゃう方がいるかもしれません。どうやったら人に迷惑をかけずに死ねるか、、、みたいに。そうなってるなと思ったらいますぐ病院行って診断書もらって仕事を辞めて休んでください。誰かに「気の持ちよう」とか言われても無視してください。死にたくなったらまじで危ないので。


「弱音を言えない空気」とか「大人は弱音を言わない」とかそういう風潮ありますが、弱音を言えない世界って僕はおかしいと思っています。弱音を言ったら大人じゃないなら僕は大人になれなくてもいいです。弱音を言い合える方がよっぽど健全だと思います。まあもちろんそれを理解し合えるということが前提なんですが、、、そこが難しいんですよね、、、


もしも弱音を理解し合える世界が実現したら少しは生きやすくなるかなあと思っています。生きやすいってめちゃくちゃ大事なことなんですよね。「みんなつらい」はおかしいんです。つらいんだったら少しでもつらくないように変えていこうよって考えるのじゃないですか。我慢してどうするんだと。何にも変わらなかったらつらいままなんです。そこに希望があるかっていうと、ないですよね。なので、少しでも希望のある方向にもっていく必要があって、、、希望があれば生きていく活力になりますから。僕は生きていくうえで希望って大事だと思っています。



「今を楽しむ」っていうのもいいんですけど、明日も楽しい方がどう考えても良いので、ちゃんと明日のことも考えなくてはならないと感じています。毎日楽しいのがあり得ないなんて誰が決めたんでしょうか。僕は毎日楽しくていいと思います。その方法だけ考えるようにしましょう。起きてる時間は楽しい。そしたら希望が持てます。そしたら生きていけます。つらいのが当たり前なんて嘘です。思考停止が生んだ虚像です。絶対に方法はあります。本気でつらくて、それを変えたかったら、その方法を考えるしかない。僕はそう思います。





佐々木です(^^)/


最近無料と有料については色々と書いていますが、今回もそれに倣って再度無料の意味を考えてみたいと思います。


そもそもなぜそのコンテンツは無料なのか


なんで無料なのかと言われれば、たぶん腐るほど理由が出てきます。

  • 配信が身軽
  • 極論売れなくてもいい
  • 聴いてもらいやすい(はず)

こんな感じですかね。というより僕はこんな感じで思っていました。
しかし現実はどうなのかと言われれば何のことはない、ただのポップアップの広告と変わらないんだなあと思いました。正直飛ばされちゃいますね。



なんでなのか


ここからは僕の推論です。

おそらく、無料であることがある意味当たり前になりすぎて無料であることそのものが摩耗している。無料というのは一種の劇薬で、本来無料それ自体には何の価値もないということが改めて目に見えるようになったということではないかと思っています。


無料の先にあるもの


無料化することは実際に効果があるでしょう。
それがちゃんとした宣伝効果を狙ったものであればですが。
みんな戦略は当たり前に考えています。問題は考えた戦略の中身ではなくパターンの少なさのほうです。ここまで多様化した社会なので、たくさんのパターンが必要になってくるでしょう。よく聞く言葉で言うとビジネスモデルみたいな感じですかね。

いったん僕の中での結論を述べます。

   有料→無料は価値の劣化の耐えられるが
   無料→無料は劣化しようがないため無料状態のまま


価値の劣化がこの問題の肝かなと思っています。
つまり、有料商品を必ず用意する必要があるのではないかということです。すべて無料だとアーティストとしての価値そのものが有料に変化しにくいのではないかということです。断っておくと、あくまでこれは現状の僕の立場からの意見です。そうではないパターンももちろんあります。ですが、そのパターンはあくまで再現性が低いものであり、現状の僕たちの活動はもう少し地味なものであるというのが事実です。


まあ、結局のところ売り方の問題なのかもしれません。
発表することと売ることが同義になっていすぎやしないかという疑念は最近強まってきています。僕はEPを6枚配信で出しているんですが、日本ではほとんど売れません。無料だからでしょうか?それとも質が低いからでしょうか?あるいはそのどちらもでしょうか。



売れないと嘆くよりもどうにかして数字を動かしてみようと思って考えることが重要なのかもしれません。これからも実験ですね。
少なくとも自分の作品にはちゃんと責任を持ちたいと思います。



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