どうも佐々木です。

僕がうつ病と診断されてからきっちり半年が経ちました。
今回は半年間のあれこれを時系列にまとめながら見ていきたいと思います。
途中から考えたことを書きます。


・2016年8月

 不眠症?と疑いを持ち始める。
 若干語気が強くなる。暴言を言うようになる。
 仕事がきついような感じがし始める。
 月末に仕事に行けなくなる。

・2016年9月

 うつ病と診断される。睡眠薬と精神安定剤を処方される。
 この時点では正社員。音楽療法士という名の介護職員。
 休職期間スタート。めちゃくちゃ親に怒られる。ブログを始める。

・2016年10月

 一時的に職場復帰するが、やはりダメ。
 この段階で退職の意思を出す。職場環境による限界。
 月末までの休職期間を経て退職。
 派遣社員の登録をする。

・2016年11月

 11月初週から派遣社員として仕事を始める。実は人生2度目。
 この辺りから生活リズムについて考え始める。
 眠れない時期が続く。睡眠薬が強いものに変更される。

・2016年12月

 派遣期間中。仕事に慣れてくる。
 休む時間を増やす。調子が良くなる。
 精神安定剤がきついと感じてくる。

・2017年1月

 派遣期間終了。月後半はニート、、、もとい、音楽に打ち込む。
 次の派遣先を探す。本を読む。
 頭が回らなくなるため、精神安定剤を減らす。

・2017年2月

 派遣先が決まる。
 精神的に安定し始める。


2月に関しては今まさになので全然書くことないんですが(笑)
ともかく8月は後半死んでましたね、、、9月に診断が出て気持ち的にはホッとしました。しかしこの後母親と大喧嘩になります。ここでは本心を書きます。

介護施設に正職員として入職した理由は。やはり親に喜んでもらいたかったからなんですね。
大学に入った理由もそうです。決して自分のためではありませんでした。正直小学生の時も不登校になりたかったんですが、親の顔に泥は塗りたくないと思い、、、そんな感じでした。
自分が弱い人間だと思い始めたのはそのころからです。そんな経緯があるので、診断が出て、自分が弱者だと認定されたことで僕は居場所を得たような気持ちになったのでした。
そこでそれを母親に言ったところ

「人のせいにするな!お前にはやりたい事も守りたいものもないのか!」

という、、、まあ大喧嘩になったんですが、、、
子どもと親、人と人なのになかなか解りあえないんだなあと思いました。
以前母親には「自分を人間としてみていないんじゃないか」ということを言っていたんですが、それがそういうことだったということなのでしょう。僕は両親にとってはいつまでも「人間」ではなく「子ども」なのです。それは呪いに似ています。そうだと思い込ませるように仕向ける親もいるのだろうと思いました。

僕はこれを「目線の違い」だと思っています。
「大人」の決めたルールのために子どもは「子どもらしく」しなければならない。それが20代後半になっても深層意識に刷り込まれているんじゃないかと。大人が目線を落とすということと同時に、親も目線を落とさなければならない。いや、目線を落とすというよりも、目線を合わせなくてはならないんだと思います。子どもが見ているものを共有し、それについて何故だと問わなければならないのだと思います。

ここで僕が言いたいのは結局はみんな誰かの子どもだということなんです。親になったからといって子どもだったことを取り消すことはできませんし、自分にいまでも親がいるということを取り消せない。究極的にはこの世界にほんとの意味での大人なんていないと僕は思っています。
だからこそ、「目線を合わせる」ということが大事なんだと思います。
なぜなら僕らの世代と親の世代では生きるためのシステムや条件が違う国のように違うんですから、語り合って相互の理解を深めるということをしなければなりません。

おそらく僕らの世代はそういうことを望んでいるんじゃないかと思います。もし仮に呼称するならそれを「教育」と呼びたいです。

もしかしたらこのブログを両親が読む可能性がありますが、、、(笑)
たぶん「また能書きを語っている」という感想しか抱かないでしょう。でもそれでいいんです。理解し合いたくてもし合えないのはどちらかが、または両方が心を開いていないからです。僕はそう考えています。
ちなみに僕は両親に対しては心を開いているしできることはしたいので、母ちゃん、これを読んでいたらそういうことだと理解してほしいし、ちゃんと話しましょう。


なんだか心情の吐露になってしまいました、、、
不快に思われた方がいたら申し訳ないです、、、じゃあ投稿するなとか言わないで、、、(笑)

とりあえず今回はこの辺で、、、
ではまた、、、